Italian StylE スーツの南下 ― 英国構築美からイタリア的軽快さへ
構築された鎧が、陽光の下で息をし始めたとき、スーツは「解放」という第二の人生を得た。
20世紀初頭、イギリスで生まれたスーツは構築美と規律の象徴でした。しかし、その重厚な哲学が地中海に渡ったとき、スーツはまったく新しい生命を得ることになります。19世紀末、イタリアは統一を果たして間もなく、王侯貴族の服飾文化はまだ英国を手本にしていました。
とりわけサヴィル・ロウ(Savile Row)の仕立ては王族や政治家の間で高い憧れを集め、ウィンザー公(Prince of Wales)の着こなしは南欧のテーラーたちの模範となりました。
第一次世界大戦後、ナポリではロンドン帰りの職人たちがスーツの構造を研究し、より陽気に、より自然体で着られるスーツを模索し始めます。その中心人物が、伝説のテーラー、ヴィンチェンツォ・アットリーニ(Vincenzo Attolini)でした。
ナポリ仕立ての誕生 ― 構築から解放へ
1930年代、アットリーニはローマの名門ルビナッチ(Rubinacci)のために、重いパッドと芯地を排した非構築的スーツ(unstructured suit: アンコンストラクチャード、つまりアンコン)を生み出しました。
彼が掲げた理念は、服が身体に従うというものです。英国が服によって体を形づくるのに対し、ナポリは体そのものを尊重し、動きを邪魔しない方向へと進化しました。
こうしてナポリでは、スーツが呼吸を始めました。構築された鎧のような服ではなく、体の一部のように馴染み、歩くたびに生地が風をはらむ軽やかさが生まれたのです。
イタリア人気質とスーツの融合
イタリア人の気質には、bella figura(美しい印象を残す)という文化が深く根づいています。それは他人にどう見えるかを意識しながらも、演出を楽しむ美意識です。
ナポリやローマのテーラーたちは、完璧に見せるよりも自然に見せることを重んじました。イタリア国内でも、地域ごとに異なる気質と技術が発展していきました。陽気なナポリ、厳格なローマ、理知的なミラノ。それぞれの土地がスーツに“感情”を縫い込み、スーツは次第にイタリアの民族性そのものを映し出す存在となりました。
Italian Styleが生み出す印象
ナポリの名匠ヴィンチェンツォ・アットリーニやルビナッチは、英国スーツの鎧を解体し、体を解放しました。肩パッドを外した柔らかいショルダー、開いたラペルと自然なロール、ネクタイの小剣をあえて長くするスプレッツァトゥーラ(Sprezzatura)の精神。それは反逆ではなく、魅せ方の戦略です。
完璧さではなく、わずかな“抜け”にこそ余裕が宿る。わざと崩すことで、相手に親近感と色気を与える。イタリア人にとって外見とは、制御ではなく誘いです。彼らのスーツは、近づきたくなる信頼をデザインしているのです。

装うことそのものを楽しみ、相手を引き寄せるためのスーツ。
目次|Contents
- Introduction
- 金融エリートが実施するスーツの外見戦略
- British Style
- Italian Style
- American Style
- Japanese Style
- 空気とスーツ、AIと着こなし
- Goldman Sachs
- Morgan Stanley
- 野村証券
- 江戸時代:両替商
- 幕末:勘定奉行
- 大正ロマン:銀行員
- バブル期:証券マン
- 投資銀行:アカウントマネージャー
- 日系銀行:法人営業
- 資産運用系SaaS会社:CEO
- Style Logic
- 色彩心理学
- 柄数
- Demonstration
- 【コラム休憩】Style or Trust?
- Office Work 1
- Client Meeting
- Business Dinner
- Date
- Golf
- Wedding
- Funeral
- Sizing だらしなさと洗練の分かれ道
- Front Style シングルブレストとダブルブレスト
- Fabric スーツの本質は繊維の美学に宿る
- Collar シャツの襟の種類別フォーマル度
- Tie ネクタイの柄の種類
- Knot ネクタイのノットの種類
- Pocket Square チーフの折り方
- Coat コートの種類別フォーマル度
- Watch 最大公約数の正解、ROLEX
- 最後に
- 参考資料