
午前八時、二日酔いのまま新宿の家をタクシーで飛び出す。車内でマルボロを一服し、兜町の会社に到着する。車体の黒い艶にビルのガラスが反射し、まだ眠気の残る街路が一気に引き締まる。ダンヒルのピンストライプのダブルスーツに身を包み、胸ポケットにエルメスのシルクチーフ、左手首のロレックス デイデイトの金無垢が朝日にギラつき、足元のジョンロブの黒いオックスフォードがタイルに乾いた音を刻む。胸元のクレドールのタイピンは、先日銀座のママに選ばせた。
ロビーに入り、案内嬢にウインクし、扉が閉まる直前のエレベーターに滑り込む。デスクに腰を落とす頃には、灰皿が置かれた上で二本の電話が鳴り止まない。受話器を左右に持ち替え、数字が積み上がるたびに、灰皿は吸い殻で埋まっていく。顧客の損失補填については決算書に出ない形で処理し、「損補・2,500万」とメモに書き殴る。裏金で損失を補うのも、この街では当たり前の作法だった。
昼は若手を連れて銀座のカウンター寿司に座り、握りが並ぶ横で別のメモを取り出す。飛ばし先の子会社に含み損を回して、帳簿上は今期も絶好調に見せかける。その意図を読み取った若手の視線が揺れるのを感じながら、寿司を一貫口に運ぶ。
夕方、銀座の石畳を一人歩くと、ガス灯がゆっくりと明かりを灯し、街全体が金の匂いに満ちていくのがわかる。ショーウィンドウにはカルティエやヴァシュロンの時計が並び、和光の塔が時を刻む。すれ違う夜の蝶が濃い香りを残しながら夜の訪れを告げる。
仕事終わりなのか、仕事の始まりなのか、いつもの銀座のクラブに腰を落ち着ける。ママはドレスの裾を揺らしながら寄り添う。芝浦に近々ジュリアナ東京というディスコクラブができると耳元で囁く。羽根を揺らし踊る女たちを上から眺めて選ぶ店になるらしいという話に、軽く口元を緩める。以前から聞いていた福岡の大地主を紹介してもらい、シャンデリアの下でグラスを傾けながらテーブルの下で封筒をそっと渡す。中身は社内にも出ていない大型IRの情報。相手は封筒を懐に収め、代わりに茶封筒の厚みがこちらの懐に滑り込む。
深夜、タクシーに乗り込み、マルボロに火をつけると、カルティエ パシャの香りが車内に広がる。内堀通りを走る途中、鞄の中の携帯電話が震え、不動産会社の社長が六本木に寄れと告げてきた。この街の夜は、まだ終わらない。