なぜ“身体に合わせる”のではなく“身体をスーツに合わせる”のか?|威厳と装飾の歴史戦略
「自分の体型にフィットするスーツを仕立てる」──それは現代のオーダースーツ文化の基本。しかしこの前提自体、実はごく最近の価値観かもしれません。歴史をさかのぼると、スーツとは本来、“身体の足りない部分を補い、理想像に近づけるための装置”でした。この記事では、イギリス王室の装飾文化と軍服デザインの変遷をもとに、「体にスーツを合わせるのではなく、スーツに体を合わせる」という逆転の思想を掘り下げていきます。
第1章:あなたは「スーツで体を隠す」派? それとも「誇張する」派?
鏡の前でスーツを羽織る瞬間、あなたは何を見ているでしょうか。細身に見せたい? 肩幅を広く? 胸板を強調?
実はこの“盛る”という発想、ルーツは18世紀のヨーロッパにさかのぼります。ジョージ3世の時代、英国王室ではふくらはぎに詰め物を入れることで逞しさを演出し、胸元には厚い芯地を仕込みました。これは装飾ではなく、まぎれもない「戦略」だったのです。


第2章:英国スーツの進化と“虚構の肉体”の文化史
ヴィクトリア時代以降、スーツは市民階級に普及する中で「理想の体格」を視覚的に作る衣服へと進化します。
たとえば、エドワード7世は体格のよさを象徴とし、既存の裁断により「腹が出ていても威厳を保てる」よう工夫された型紙が主流となります。
文化人類学者フリードリヒ・クンツェルによれば、「男性衣服における過剰装飾とプロポーションの誇張は、儀礼的身体性の演出手段であった」(『ヨーロッパ服飾文化史』1998)と述べられており、スーツは“リアル”よりも“理想”を纏う道具だったことがわかります。


第3章:現代に活かす“見せたい自分”を形づくる思考
現代では“ナチュラル”や“フィット感”が強調される一方で、芯地や構築的パターンは依然として健在。たとえば、政治家や経営者のスーツには今も「権威」「安定」「決断力」を感じさせるよう仕立てられています。
あなたはスーツを「自分を映す鏡」ではなく、「自分を定義する設計図」として着ているでしょうか? もしくは、どんな自分に見られたいかを意識して布を選んでいるでしょうか?


・『ヨーロッパ服飾文化史』フリードリヒ・クンツェル(1998)
・“The Men’s Fashion Reader” Peter McNeil, Vicki Karaminas(2009)
・イギリス王室公式記録館:ロイヤルユニフォームの構造分析(2021)
まとめ:スーツは「身体を映す鏡」ではなく「未来像を形にする構造」
スーツとは、単にフィットする服ではなく、社会的・文化的役割を持つ「見せる構造体」です。今の自分に合わせるより、少し先の自分を想定して設計する──そんな視点があれば、仕立ての選択肢も変わるはず。次に着る一着、あなたは何を盛り込みますか?