なぜベストの背中には尾錠があるのか?──既製品とオーダーの違いを読み解く
ビジネスウェアの中でも、特に「知性」や「余裕」を演出できるアイテム——それがベスト(ジレ)です。そして、背中にさりげなくついている“尾錠(びじょう)”。あなたはこれを装飾と見るか、それとも機能と見るか?この記事では、尾錠の役割や由来、既製品とオーダーの差異までを深掘りし、ベスト選びの本質に迫ります。
第1章:あなたならどうする?
ランチ後の重要な打ち合わせ前、鏡でネクタイを締め直すあなた。ふと背後に視線を感じて振り返ると、同僚がこう言うのです——


実際、尾錠は身体にフィットさせるための名残。シャツの上から着ても、背中が浮かず美しいラインを保つためのディテールです。ただし近年は、既製品においてはデザイン優先で“飾り化”している例も少なくありません。つまり、「尾錠の有無と機能性」こそが、スーツにおける見えない“格”を物語っているのです。
第2章:歴史や文化から読み解く
尾錠の起源は19世紀後半の英国。スリーピーススーツがジェントルマンの象徴だった時代、ベストは体型に合わせて背中のベルトで絞る構造が主流でした。ラペルのないシンプルなベストを美しく着こなすには、後ろ姿まで整える必要があったのです。


また、19世紀末のアメリカでは移民の増加とともに既製服が普及。ベストにも均一化されたサイズが求められるようになり、尾錠は“汎用性を補うための調整具”として定着しました。やがてテーラリング技術が発展すると、体に完璧に合わせたオーダーでは尾錠すら不要になり、外されるようにもなったのです。
第3章:現代の思想
現代では、「尾錠の有無=仕立ての質」を見極める目印として活用されるケースが多くなっています。例えば、低価格帯の既製品では尾錠が装飾化されており、サイズ調整機能がなく「見た目だけ」の場合も。一方で、高級オーダーメイドでは、尾錠すら省き後ろ身頃も表地で仕立てることで“完全フィット”を前提としています。


つまり、現代における尾錠の存在は「仕立ての思想」の差異を映し出す象徴。自分がどう見られたいか、どう装いたいかに合わせて、そのディテールにも目を配るべき時代なのです。
・『The Suit: A Machiavellian Approach to Men's Style』Nicholas Antongiavanni(2006)
・『スーツの文化史』高山真(2020)
・Men's Ex特集「ジレの極意」2022年4月号
まとめ
尾錠は“時代を超えて残されたディテール”であり、既製かオーダーか、さらには着手者の美意識を語る静かなサインでもあります。もし今後、自分に一着だけ上質なベストを誂えるなら——背中をどう設計するか、その問いこそが本質を試される選択肢になるのです。